厚生省の研究班(募る会12号参照)が、今年度末までに組織及び患者登録基準の結論を出すに当たり、来年度概算要求に総額3億4千万円が盛り込まれました。(まだ正式に予算としておりたわけではありません。)これは、HLA検査費用、システム費などに使われる予定ですが、どの部所が使うかはまだ未定です。このことは、来年度から骨髄バンクが本格的に検討されることを意味し、今までの私たちの運動が、一つづつ実を結んでいる結果と喜んでいます。 行政の仕事としては思いもかけないほどの急進展で、かえってこちらの方が戸惑っている状態ですが、全て国まかせではいけない部分もあり、いままで通り署名活動、その他日本骨髄バンク設立に向けて頑張っていく所存です。 予算もつけばバンク運動はもう必要ないんじゃないかという声も聞かれます。たしかに、もう何もしなくてもそのうち日本骨髄バンクは設立されるでしょう。しかし、日本骨髄バンク設立の時点で、すぐに病気で苦しんでいる患者さんを救えることが出来るでしょうか? すぐ5万人もの骨髄提供に関して充分に知識のある希望者を集めることが出来るでしょうか? 提供者の補償の問題、法律的な問題など、運営面での細かい問題はまだまだたくさん残されています。  私たちの活動は、ただ単に骨髄バンクをつくれと要求するだけのものではありません。骨髄移植、骨髄提供の知識がまだまだ一般に正しく知られていない状況である現在、正しい知識、正しい情報提供をし、骨髄バンクの必要性を訴えるとともに、一人でも多くの患者さんを救い、骨髄バンクの有用性を証明したいと思っています。さらに骨髄提供が全身麻酔による危険性も含んでいるが、いかに手技として確立されているか、また多くの提供者が、物質的・金銭的でなく精神的に満足を得ているかを、一つ一つ立証していくことが大事な役目と思っております。 私たちはさらに日本骨髄バンクが発足の時点で、東海骨髄バンクに登録していただいた提供希望者の意志が直ちに活かされるよう、さらに努力して生きたいと思っています。 前回、署名用紙を同封させていただきました。署名は、全国骨髄バンク推進連絡協議会(会報第13号と同封した協議会ニュース参照)が全国的に行っているもので、名古屋募る会も協力参加しています。  厚生省が、国レベルでの骨髄バンク検討に乗り出している現在、署名活動の必要性を疑問視する声も確かにあります。しかし署名運動をを行う事が、一人でも多くの方に骨髄バンクを知ってもらう一番の方法でありますのでご協力をお願いいたします。前回行いました署名では既に、80万人以上の署名が集まりました。 その成果として、 厚生省が検討委員会を作り、そ 全世界骨髄バンク代表者会議告  8月30日にアメリカ・シアトルのフレッドハッチンソン癌研究所で、全世界の骨髄バンク代表者の会議が行われ、東海骨髄バンクからも、大谷貴子代表と小寺良尚、両理事が参加してきました。会議は研究所の一室で、世界各国から40人ほどの参加があり、和気あいあいの雰囲気で行われました。その報告のなかで行われた、現在の世界の骨髄バンクの現状をご報告いたします。(発表順) カナダ   現在、ドナーは12660 人で、17のドナーセンター で募集を行っている。ドナー になるための基準作成や、講 義をおこなったりして、イン フォームドコンセントを行っ ている。年々非血縁者間骨髄 移植が増え、今年6月にコン ピューター化し、現在では血  縁者間骨髄移植数よりも多く  なっている。 の報告を受けて研究会が発足、その最終報告がもうすぐ出ようとしています。  しかし、骨髄バンクが出来たとしても、現在での医療体制では適合者全てに骨髄移植を行う事は不可能です。骨髄バンクに登録して提供者が見つかったが、骨髄移植を受け入れてくれる病院がなく死亡してしまったのでは意味がありません。医療設備の充実、看護体制の確立も重要な課題となってきます。新しい署名活動では、そのようなことをも訴えていきたいと思います。 署名用紙の第一次集約を、 10月末に行いました。(詳細次号) 第2次集約は来年2月末を予定しています。 オーストラリア   カナダとよく似たシステム で行っており、国が関連して いるシステムなので対応が少 し遅れがち。HLAタイプの 選択法、白人系、非白人系に ついての対応など、多くの問 題がある。 オーストリア    血液バンクの一部として行 っている。 オランダ   4000人のドナーの60 %が既にHLA−DRまで検 査済み。毎週30件の患者か らの検索申込があり、15件 の骨髄移植が行われた。(内 14人がオランダ以外の患者) ベルギー   10のセンターに8000 人のドナーが登録されている。 患者からの問い合わせは今ま でに1000件をこえ、29 件の骨髄移植が行われている。 フィンランド   現在進行中だが、北欧三国 で一つ作れば良いのか、国別 に作った方がよいのか、良い アドバイスを・・・ フランス   ドナーの数は50620人、 そのうちDRまで検査してあ るのが22898人(6月3 0日現在)。患者からの検索 の申込は2739件、骨髄移 植が行われたのはフランス内 128件、それ以外25件と なっている。運営は政府から 補助金がでている。 スペイン   現在、進行中で、フルタイ ムの仕事として行っている。 スイス   1988年に開始、4件の 骨髄移植が完了し2件が生存 している。 イギリス    1990年8月に新しいセ ンターが完成、9月からは今 まで16年たった古いデータ を新しいものにしていく。ま たさらに2万人を目標にドナ ーを集める。91年1月から はHLA型の遺伝子タイピン グを行う。7月現在、患者か らの検索の要請は1369件。 ドナーの内DRタイプまで調 べたものが10407件。M LC検査を行ったものが患者 552件、ドナー1039件。 骨髄採取が完了したものが8 4件で、そのうちのほとんど がアメリカに送られた。   患者から検索の申込があっ てから骨髄移植までの期間は 平均して1988年では6カ 月、1989年では8カ月、 1990年では7カ月である。 アメリカ   1990年8月現在、ドナ ーは19万人、そのうち94 %が白人で6%が非白人であ る。ドナーの30%にDR検 査が行われている。今後の問 題点として、アフリカンアメ リカンや、アジア、アメリカ インディアンなどの小数民族 にも積極的にアプローチして いくことが必要である。ほか に軍隊や企業等に呼びかけ、 血液銀行に勤務時間内でも行 けるようにこのプログラムを 理解してもらうようにする。  その後、全世界規模での提供者の検索や、採取した骨髄の国を越えての運搬に関する会議を正式につくる原案がだされ、検討事項とされました。      会議の行われる場所シアトルについたのは8月24日でした。名古屋では残暑が厳しいと聞いていましたが、シアトルでは肌寒いほどで、長袖の服を2〜3枚着込むほどでした。(日本より気温が10度くらい低いようです。それに緯度からいえば北海道・稚内とほぼ同じ位置にあります。)アメリカ骨髄バンクの責任者の一人Dr.サリバンに外来治療室を案内していただきました。日本の病院と大きく違うところは、非常に明るい雰囲気でまるで大きなホテルのロビーのような所でした。点滴をしている患者さんもあいている手を軽く上に挙げ、「ハーイ!」と私達に声をかけて下さいました。Dr.サリバンの説明では、骨髄移植が必要な患者さんで家族内に提供者が見つからない場合、すぐさま患者さんとその家族と話し合いを持ち、骨髄バンクに患者登録をするそうです。アメリカでは告知は当たり前の事として行われているので、そのような話し合いがすぐ出来るのでしょう。日本では告知を積極的に行っていないので、患者さんが、自分に骨髄提供者がいないからといって恐怖に脅かされるという事が無いのだと思います。宗教観の違いも大きいのでしょう。  ここでの患者さんの受けている医療をみるにつけ、わたしは医療体制の不備も告知反対の一因になっているのだろうとさえ思えてしまいました。それは、ここでは骨髄移植を患者さんが希望すれば、ほぼ全員速やかにを受ける事が出来るからです。それほど医療設備、看護体制が整っていました。患者さんへの配慮も行き届き、例えば移植患者に携わる看護婦さんは、すべて私服で接しています。(それ以外の患者は制服で接しているようです)これは、骨髄移植で無菌室にいる期間が例え3週間位としても、患者さんにとっては外界から隔離された状態なので、私服で接する事により、少しでも患者さんの緊張をやわらげる効果があるという事です。  また、現在日本では無菌室内では当然のように無菌食を食べている患者さんが多いのですが、ここでは一般患者と同じ食事をしているとの事です。実際確認した訳ではありませんので、生物を食べているかどうかは分かりません。日本でも最近は調理済みの缶詰やレトルトパック詰めの食品が多く出回る様になり、味気ない(といったら病院の無菌室担当の調理師さんには失礼ですが・・・)加熱無菌食よりは、普通食と同じ食事が可能になっていると思います。  その後骨髄バンクの患者登録部門を見学してきました。 (シアトルは骨髄移植のメッカなので、骨髄移植病院、患者登録センター、ドナーセンターが近接しています。もちろんすべて別個に独立しています。)  翌日、ドナー部門を紹介していただき、お話を聞いてきました。ドナーセンターは全国27カ所にあり、その中でもシアトルはアメリカ最大の移植センターを近くに有していることから規模も大きいほうです。本当の中枢はミネソタにあるのですが、今回はそこまで足をのばすことが出来ませんでした。  いずれの部門でも感じたことは、仕事が完全に分離されており、また国や一般の方の理解が得られており、たとえば広報の仕事でも、自ら資金を出して宣伝するのではなく、外部から、このような宣伝をさせてほしい、と依頼がくるほどで、宣伝費には一切お金がかかっていないほどです。  しかし、ドナー集めにはどのバンクも同じ苦労をしているようで、アメリカ人でも、やはり患者が前面にでて訴えをしなければならないようです。 開会の挨拶     東海骨髄バンク理事長  日比野 進  本日はお忙しいところありがとうございました。今回はアメリカ骨髄バンクで活躍されているパットリック・ベティ博士、フィリップ・マックグレイブ博士をお招きし、東海骨髄バンク設立一周年を記念し、シンポジウムを開催します。  骨髄移植を世界的にもっとも進めているアメリカのトーマス博士がこのたびノーベル医学生理学賞を授賞しました。このことは骨髄移植の有用性が世界的に認められたということです。  骨髄移植は、病気の人を死の淵から一気に健康体に引き戻す治療法であります。しかし骨髄移植をするためにはHLAという型が一致しなければなりません。これは兄弟間では1/4ですが、他人となると、何万分の一となってしまいます。そのために骨髄バンクが必要となります。いま、日本にあるのは東海地方だけですが、現在、全国的な組織を検討中で、全国どこからでも登録・検索できる様になるだけではなく、国際的にネットワークがはられ、皆が助け合っていくことが私達の希望です。本日はお忙しい中、ありがとうございました。今後ともご協力のほど宜しくお願いいたします。 来賓挨拶   ライオンズ国際協会334-A地区    ガバナー 墨 武司氏 東海骨髄バンクが設立して一周年になります。ここまでには医療関係者、弁護士、税理士、ボランティアの方のご尽力のみならず、一般の方のご理解、ご協力の賜と感謝いたしております。昨年は非血縁者の初めての移植に成功しました。これは人類愛に満ちた快挙でございます。 また日本の骨髄移植の一ページを飾るすばらしいことでございます。東海骨髄バンクは民間のボランティア団体でありますので、限りがあります。そのため公的骨髄バンクを設立するための署名を82,000人集めました。ここに贈呈いたします。  公的骨髄バンクは日本レベルのみならず、国際的なネットワークを作るようなすばらしいものをめざして戴き、またライオンズもそれに全面的に協力していくことをお約束いたします。 東海骨髄バンク一年の歩み  東海骨髄バンク運営委員長           森島泰雄  本日はお忙しいところ、当シンポジウムにご参加していただきまして誠にありがとうございます。  東海骨髄バンクも発足後一年を迎えることが出来ました。骨 髄バンクに興味を持たれ、問い合わせをいただいたかたは6000人を越え、骨髄提供のご意志をいただいた方は既に3000人以上となり、HLA検査済み者数も1300人を越えました。患者登録については、これは数が増えることは悲しいことですが、既に550人を越えました。この中には既にお亡くなりになった患者さんも含まれていますが、現在でもまだ450人以上の患者さんが骨髄提供者を待ちながら闘病生活を送っておられます。しかし、4人の患者さんは骨髄提供者が得られ、骨髄移植を完了いたしました。残念ながら2人の方はお亡くなりになりましたが、2人の方は既に退院されています。さらに4人の患者さんに骨髄提供者が見いだされ、骨髄移植の準備を行っています。 国レベルでも、厚生省が6月に「骨髄バンクの組織と適応に関する研究班」を設置、その班員に当東海骨髄バンクの専務理事・齋藤英彦名古屋大学教授と、理事の小寺良尚・名古屋第一赤十字病院内科部長が参画しております。その報告が来年3月までに出そろうにあたり、概算要求の段階ですが、予算が来年度からつく可能性が出てきました。  そして今回のシンポジウムでは、愛知県、三重県、岐阜県、静岡県、名古屋市の後援を得ることが出来ました。  さらに334−A地区ライオンズクラブの絶大なるバックアップも得られ、皆様が全国的な公的骨髄バンクを望む声が大きくなっていることを痛感しています。その他には、名古屋青年会議所の「ターグ賞」という地元で活躍している青年に与える賞を当バンク理事の大谷貴子・名古屋骨髄献血希望者を募る会代表が授賞し、骨髄バンク運動が青年会議所の活動内容に盛り込むことを検討していただけることとなりました。 さらに、ロータリークラブからも招待講演の依頼があり、今後、ますます多くの方のご支援を得られることと期待しております。  東海骨髄バンクとしても、全国的な公的骨髄バンクの一日も早い発足を切望し努力するとともに、公的骨髄バンク発足までに一人でも多くの患者さんを助けるべく、さらに頑張る所存です。  今後とも皆様方の尚一層のご協力をお願いいたします。 アメリカ骨髄バンクの現状  パトリック G.ベティ博士     ユタ大学医学部教授    (編集者注:長い講演を要約いたし         ました)  骨髄バンクを作るに当たり。はじめにシアトルではどの様に提供者を集めるのかということを検討しました。最初は、既にHLAを調べてある600人の血液センターの成分献血登録者に手紙を出し、骨髄提供の意志の有無を確認しました。これらの方は患者を助けるという意志が強いということもあり、50%以上の方が興味を示して戴きました。次に、これも既にHLAが調べてある骨髄移植を経験された患者さんの家族にお願いしましたが、この場合、移植の必要性を充分に分かっているはずと思っていましたが、800人の内の10%程度しか興味を示していただけませんでした。そこで最近私達が注目しているのは、一般献血者です。2万人の内の8%ほどの方が協力して戴きました。  リクルートの仕方は、献血しにこられた方で、骨髄バンクに少しでも興味を示していただいたかたは、献血時に余分に血液を採血しておき、骨髄提供に関するパンフレットを渡します。あとで登録葉書等で登録の意志が確認されたら、保存しておいた血液でHLAを調べます。その時点では興味を示していただけなかった方も後に登録の意志が確認されればその時点で保存しておいた血液でHLAで検査します。このようにすることにより費用も、特別なスタッフも必要なく、効率的に提供者を集めることが出来ます。  一般献血をしていただた方の中で骨髄登録に協力していただいたかた、協力していただけなかったかたの違いについて調べましたところ、過去にその人が献血をしたことがあるかないか、子供がいるかいないか、また、性別、年齢に特に違いはありませんでした。  登録者数の推移について、最近急激に増えているのは、採血場所の拡大、及び移動献血者で遠方での採血可能になったことがあります。  また登録者数の増加に関してかなり月別、年別にピークがあるのはり、これにはマスメディアの大きな関与があります。マスメディアの利用方法としては、骨髄移植を既に成功した方が積極的に名乗り出ていただいたり、骨髄移植を必要としている患者が名乗り出ていただいて関心が高まったりしたりということです。  登録していただいた方の中では、過去に献血の回数の多い方が積極的に登録していただけます。過去に1〜5回しか献血したことのない方は5%しか登録していただけませんが、20回以上献血している方は60%以上の方が登録して戴いています。つまり人を助けることを日頃の旨としている方は、もっと積極的に助けたいと思っている方が多いということが分かりました。    現在問題となっていることは、検査費用が足りないこと、さらにHLA−A,Bが一致した場合に提供者に連絡が取りにくいということです。実際、814人にHLA−DRの検査のお願いをしたところ、26人のかたが保留を希望し、その内の多くのかたは女性の妊娠中で、妊娠していなければ是非協力したいというかたが多かったです。これ以上連絡を取ってほしくないといってきた方はたった6人でした。このことからも、99%以上の方が積極的に協力する意志を示していただけました。    次に全米の登録の動きですが、アメリカでも地域の骨髄バンクが統合したのは1987年のことです。これの推進力となったのはロバート ゲール博士でした。彼の娘さんは白血病に苦しんでいましたが、偶然にも非血縁者からの第一号となりました。娘さんは一年後再発して死亡しましたが、骨髄移植の必要性、有用性を感じ、政府などに働きかけ全米のドナープログラムを完成させました。  はじめは血小板の登録者から始まったのですが、次第に一般の方の協力も得られ、いままでの3年間に19万人以上となっています。しかし、ほとんどが白人で、他の民族はほとんどいません。たとえば黒人はアメリカの人口の15%ですが、ドナーの中には2%しかいません。その他のアメリカインディアン、中国系、日系などの民族は非常に少なくなっています。そのため少数民族に属する患者さんは、骨髄バンクがありながら提供者を見いだす事が出来ずに苦しんでいます。しかしこれを解決するためには、世界のドナーセンターが協力して、ネットワークを広げなければなりません。  患者登録に関しては30〜40%が慢性骨髄性白血病となっています。これは大部分の慢性骨髄性白血病の患者は移植をしなければ死を待つしかないということからです。はじめは一月40件であったのが、最近は100件以上となっています。移植の数では月20件以上となっています。登録から移植までの期間は最近は平均3カ月となっています。 過去2年間にこのプログラムは大きく成長してきています。私達もみなさんと協力して、助け合い、骨髄を必要としている方に与えて行きたいと思います。  非血縁ドナーの利用について フィリップマックグレイブ博士   ミネソタ大学内科教授  慢性骨髄性白血病というのは骨髄移植で完治するのですが、骨髄移植を施行しなかった場合、ほとんどの人が5〜6年で死亡してしまいます。骨髄移植を施行した場合、移植後何年も生存していることが分かります。ですから、血縁者間に骨髄提供者が見いだされなかった場合、非血縁者でみつかれば骨髄移植を施行した方が良いということです。  実際には、185人の患者に非血縁者からの骨髄移植を施行しました。平均年齢32才、最高年齢51才ですが、103人が慢性期、82人が進行期の人です。98人がHLA−A,B,DR一致、87人が一部ミスマッチです。  124人は急性GVHDのためにメソトレキセートその他の薬を投与されています。   (編集者注:詳しい内訳、及びT細胞        除去についてのお話があ        りましたが、少し専門的        すぎますので省略させて        戴きます。)  生着に要した日数は、血縁者と非血縁者では差はありませんでした。急性GVHDは63%以上の人がU度からW度の重篤なものがおこっています。  慢性GVHDは43%と非血縁者が高い比率を示しています。  生存率ですが、半数近い人が移植を受けるときにかなり病気が進行した状態でしたが、非血縁者からの骨髄移植を受けることによって多くの方が生き延びることができました。再発ですが、19%に起こっています。  患者の移植後の状態を示すカルノフスキースコアはほとんどが100となっていますが、中にはいろいろな合併症で苦しんでいるかたもいらっしゃいます。 つまり、非血縁ドナーを用いた場合の移植も、血縁者とほとんど違いがなく全く問題ないと思います。   シアトルでおこなわれた52人の非血縁者間骨髄移植と、104人の血縁者間骨髄移植で年齢、病期、病気などを偏りないようにあつめて比べた結果、生着に関してはほとんど違いがありませんが、急性GVHDの発症が非血縁者間において重篤だということが分かりました。慢性GVHDに関しては、急性ほど違いはありません。再発に関しては同胞ドナーの方が多いという結果が出ています。このことから非血縁者からの移植の優位点として再発が少ないということです。   最後に死亡や再発なしでの生存率では、血縁、非血縁には違いはありません。これは急性GVHDの治療方法がだんだん進歩してきたからだと思います。  このように、非血縁者間骨髄移植は有効な治療法で、このようなことを推進して行くためには、やはり非血縁の恩恵を受けた患者が前面に出て、一般の人に必要性を訴えていくことも重要だと思います。 質疑応答 質問 骨髄バンクにとって、  ドナーを集めることが一つの 重要なことだと思いますが、 アメリカではどのように集め ているのか? 回答 アメリカでは、ドナーが 決意したときに、その受け皿 が既に出来ていていました。 血液センターも既に血小板ド ナーを持っており、それらを 使って行いました。またマス コミなどを利用することは非 常に強力で、患者にマスコミ に出て訴えてくれるかどうか、 また実際に提供した人にも、 移植を受けた患者自身にも積 極的にマスコミに出てもらっ て、必要性、安全性を訴えて もらう等のことをしています。 質問 日本では、患者に対して 告知をしないので、患者が全 面に出て訴えていくのは非常 にむづかしいと思いますが、 その点はどう思いますか? 回答 患者が自分の病名を知ら ないことは、患者自身が訴え ることは難しいかもしれませ ん。しかし、現在日本ではま だそのことに対して、抽象的 にしか話し合われていないの ではないかと思います。メデ ィアの力は非常に大きいので、 例えば既に骨髄移植をして治 った患者などが積極的に出て マスコミを活用していくこと は非常に大事なことだと思い ます。 質問 提供者の提供意志の最終 的な意志確認はどの様なプロ セスで行われているのか。提 供者との関係でどの様なこと に注意して行われているのか。 これまでに提供者との間にト ラブルがあったかどうか? 回答 私達は、ドナーに関して は特に問題はありません。患 者に問題があったことがりま す。骨髄提供は、お互いにド ナーと患者が信頼関係がなけ ればいけませんが、提供者は 必要ならば2回、3回と提供 しても良いというかたが多い のです。   同意のプロセスですが、は じめは簡単な文書で、お知ら せします。その後、HLA− A,B または DRタイプ が一致したときに、さらに詳 しい説明書が送られます。そ して、これ以上先の検査に進 んでもいいかという意志確認 を取ります。さらに提供者を 呼び、ドナーセンターの医者、 ドナーの方の近親者も呼び、 いろいろな話をして、情報を 持って帰ります。最終的に意 志確認できたら署名を取り、 健康診断をして、骨髄採取と なります。患者には提供者が いたということのみ伝えます。 お互いに、詳しい情報たとえ ばどこに住んでいるのか、ど んな病気なのかなどは知らさ れません。   初期には、提供希望者は提 供の意志があるのに、その家 族が反対し、提供できなかっ たことがあります。ですから、 提供者のみならず、その家族 までいろいろな情報を与える ことが必要であると痛感して います。 質問 フェレーシスドナーは6 0%以上協力してくれるのに、 患者家族は10%以下しか協 力してくれないのはどういう 理由と判断されているのか、 またその割合を増やすために どの様な努力をしているのか 回答 私達もこの結果に非常に 驚いていますが、これは、患 者さんが現在生きているのか、 死んでしまったのかに関わり ないようです。   この意志決定は、いろいろ 調べてきて、過去にその人が どの様な人生を送ってきたの かということにかかっている ようです。例えば、子供時代 にどの様な教育を受けてきた のか、人を助けるような教え を受けてきたのか、など、こ の問題は、社会学的、心理学 的に見て非常におもしろいこ とだと思います。 質問 一回提供した方は、2回、 3回と提供の意志があるとい うことですが、骨髄登録に関 し、入院し、費用もかかりま すが、提供に関する不安、麻 酔に関する不安などがあるか らだと思います。   そのような状況のもとで、 一般市民にどの様に話して、 提供者を増やしていったらい いのですか? 回答 やはり、一度骨髄提供し た方に、どの様なものだった かを話してもらったり、実際 に必要としている患者がどれ だけ望んでいるのかを話し、 一般の方に理解していただく ことが必要です。   シアトルでは、このような 話しを聞いた一般の方は、そ の場で協力の申し出をしてく れます。   ミネソタでは、骨髄採取は 一日のみで行え、朝来て、夕 方には帰ることが出きる、入 院の必要は全くないというこ とも話しています。 質問 日本で、血液センターが 骨髄バンクの仕事を手伝うこ とになれば、一番問題となる のは、コーディネーターだと 思いますが、アメリカのコー ディネーターは、何か特別な 教育、もしくは資格を持って いるのか 回答 アメリカのコーディネー ターのほとんどが看護婦です。 ドナーを募集するためには、 医学的な知識を必要とします し、また組織を行っていく技 術、コミュニケーションをい っていく技術も必要となって きます。こうした仕事は新し い仕事ですから、決まった資 格はありません。しかし、こ のプログラムが成熟して行け ば、だんだん新しいコーディ ネーターが生まれ、熟練した コーディネーターは新しいセ ンターに入り、またコーディ ネーターを育てていくことに なるのです。また、年に2回、 アメリカ中のコーディネータ ーが一ヵ所に集まり、お互い の経験を話し合う会が、現在 もミネアポリスで行われてい ます。そうする内に公式のト レーニングができあがってく るかも知れない。しかし、現 在の段階で、はっきりとした 資格というものは、はっきり とした言葉で表現することは まだ難しい段階と思います。   質問 麻酔の危険性が言われて いますが、アメリカではもし 事故があった場合に、補償制 度があるのでしょうか。 回答 非血縁者については、い ままで生命に危険が及ぼすよ うな合併症はありません。も し起こった場合には、あらゆ る障害を補償する保険がドナ ーにはつけられています。   シアトルでは、全身麻酔で 2ケースありましたが、死亡 事故はありませんでした。も ちろん提供希望者には全身麻 酔の危険性、合併症の有無、 頻度等を正確に話し、同意を 得るようにします。   重篤な合併症が起こる確立 は8000分の1と推測され ています。 質問 献血時に余分に採血した というお話でしたが、これは 全ての献血者に行ったのです か。 回答 献血時に骨髄提供に関す るパンフレットを見せ、興味 を引いた方のみ同意を得て余 分に採血をしておき冷凍保存 しておき、実際に登録申込が あった時点で解凍し検査しま した。全ての献血者に・・と いうわけではありません。 質問 HLAは人種間によって ことなるということですが、 シアトルにはアジア系の骨髄 バンクはあるのですか 回答 HLAは人種間でかなり の違いがあり、そのような人 の中には、白人と一緒になっ て、協力していただけないか たもいます。しかし、サンフ ランシスコではアジア系の提 供希望者を集めることに成功 していますが、まだまだ全体 的に不足しています。   アメリカインディアンの女 の子が骨髄提供者を必要とし た時、マスメディアに訴え、 インディアンの提供希望者を 募ることができました。たっ たの3人ですが・・・。その ような努力をして、なんとか 提供者を募っています。 質問 成分献血には体重制限が あり、私のような体重の少な い人は、成分献血のドナーに なれません。そのようなとき にアメリカではどの様な方法 を用いているのか 回答 成分献血には体重制限が 必要です。これは体重の低い 人から骨髄を採取するにはあ る危険が伴うからです。基本 的には体重の少ない人からは 骨髄は採取しません。 質問 タイピングに必要な量は、 どの程度なのか、また血縁者 と非血縁者で今後どのような 差が出てくるのか、予想でき れば 回答 最初の質問は10ml取 ります。   2番目の質問に関しては、 慢性GVHDで非血縁者の方 が発生率が高いということで、 今後については5年以上の経 験がないため、はっきりとは 分からないが、印象としては これ以上差が出ないと思いま す。移植片が残存白血病細胞 に及ぼす効果を考えれば、非 血縁の方がいい結果が得られ るのではないかと思います。 骨髄バンク公開シンポジウムが去る10月13日、東京大学安田講堂内で行われました。高久史麿国立医療センター院長(東京大学名誉教授)の開会の挨拶の後、日本の骨髄移植、骨髄バンクの現状のお話が東京大学医学部教授十字猛夫先生からありました。その後、全米骨髄バンク副理事長のグラヴィズ博士から、アメリカ骨髄提供者登録制度の確立に至る経緯と日本への提言がなされました。その後 非血縁者ドナー検索のシステムのお話が、全米骨髄バンク専務理事・ダグラスショー氏からありました。さらにアメリカ骨髄提供者登録制度の課題と展望が ワシントン大学医学部教授、ジョンハンセン博士からありました。 (内容は、今回の名古屋で行わ れたシンポジウムとほぼ同じな ので割愛させて戴きます。)  その後、実際に骨髄バンクに登録し、骨髄提供を行った骨髄提供者の話と、骨髄移植を受けた患者の話が続きました。簡単にご紹介させていただきます。  骨髄バンクへの登録と骨髄提供の経験       ランディーン  (はじめに聖書の中のダビデとグリアテの話をされた後) 献血には18才の時から協力していた。私の血液が一人の患者さんの助けになるのかと思うと、献血をしている事が、非常に誇り思えた。全血献血は35才の時まで行い、計80回行った。その後成分献血が出来たために、成分献血を行うようになった。全血献血では、献血回数に限りがあるが、成分献血は、それよりも大奥の回数行う事が出来たため体へうれしかった。数年後、全米骨髄バンクプログラムが発足し、自分の骨髄が、直接患者を救えるようになるとの事で、当然のように、登録をした。詳しい検査の結果、私の骨髄を必要としている患者さんが見つかったとの報告があった。  骨髄採取のための入院生活は楽しいものだった。採取後24時間で退院したが、医者からは、余り歩くと負担になるかもしれないと言われていたのを忘れ、自分で歩いて帰った。それほど調子が良かった。翌日はたまたま会社の休みの日だったので、ゆっくりと家で休養し、翌々日歩いて会社まで行った。確かに一週間ほど腰の辺りが重たい感じがしましたが、すぐに忘れてしまいました。入院中も患者さんには一回だけ手紙を書き、人づてに渡してもらいました。  その後分かったことで私はマイケルという患者に提供しました。わたしはそのことは、会社や近所には内緒にしていたのですが、自然と知れ渡り、テレビとか新聞の取材に追い回されました。しかし、それに快く応じる事がこういう事を知ってもらう良い機会だと思い、協力してきました。骨髄移植後9カ月目にマイケルは不幸にして再発してしまいました。しかし入院先から私に連絡があり、マイケルの誕生会へ招待されました。マイケルは誕生会の日は特別の許可をもらって自宅に戻っていましたが、前日になり急に発熱し、しかたなく病院で誕生会をする事になりました。私は、当日そのまま自宅に帰りましたが、マイケルはその3日後に帰らぬ人となりました。マイケルの家族をはじめ、私もそのことをあまり悲しいとは思いませんでした。  それは骨髄移植によって、9カ月間も命を長らえる事が出来たのですから。マイケルの葬式の案内状には私の名前が遺族の一員として書かれていました。  骨髄提供をした事に関し、あなたは勇気がありますねといわれます。しかし、私はいつも否定しています。勇気も何もありません。ただ少しだけ考え方が違うのです。骨髄提供をする事により、たった一つの貴い贈をするだけで、患者さんと提供者の人生が大きく変わっていくのです。 骨髄移植を受けて  患者 パトリックウィリアム   私は3年半前に再生不良性貧血と診断されました。それまでは、スポーツが万能で、地区の大会にも出たのですが、急に体力的に衰え、学校の勉強も次第に成績が下がってきました。  わたしは勉強のし過ぎで、体力を落としたのかと思っていました。しかし突然の診断で、戸惑いましたが、主治医の先生が、フレッドハッチンソン癌研究所を紹介していただき、兄弟間でHLAの適合性を調べました。  残念ながら兄弟とは一致せず、直ちに骨髄バンクに患者登録しました。当時は提供登録者は数千人司会亡く、私の骨髄のタイプは一万分の一と言われましたので、提供者が見つかるのは不可能に近いと思われました。しかし奇跡的に見つかりました。そのときには体力的にはほとんどありませんでしたが、骨髄移植を受けて、いまこうして皆様の前でお話が出来る事を非常にうれしく思います。骨髄バンクにはまだ多くの患者さんが、骨髄提供者が現れるのを待ってい ます。よく、あなたは骨髄提供をしてくれた人に会いたいか、とか、こうしてテレビに出て有名になりたいか、とか聞かれます。わたしはそんな事は思っていません。一人でも多くの患者さんに私のように幸せになっていただきたいのです。病気の頃は、「今日」を生きれるか、と毎日毎日考えていました。夢も希望もありませんでした。しかし、いまは自分に訪れる輝かしい将来に、夢と希望をもって幸せに生きています。生きている幸せを噛みしめています。 骨髄移植を受けて  患者 キールロシェルー  私がこうして皆様の前でお話が出来る事は、骨髄移植という奇跡の治療法のおかげだと思います。私は、歌手で、ビジネスウーマンです。1986年に急性リンパ性白血病となりました。あらゆる化学療法が効果なく、自分の骨髄を移植する自家骨髄移植を行いました。しかし、これも9カ月目に再発しました。  その間に非血縁者の骨髄提供者が現れ、1988年に非骨髄移植を行う事が出来ました。それから2年以上たち、こうして皆様にお会いできる事は、非常にうれしい事です。骨髄を提供していただいた方の勇気と善意に感謝いたします。私は英雄でも何でもありません。わたしがこうして生きている事は、生きた命の贈り物をもらったおかげです。 編集後記  相変わらず、毎月出せなくてたいへん申し訳ありません。その間にも多くの進歩があり、会報に書ききれないくらいになってしまいました。  厚生省の組織に関する研究班の報告書も近々出る予定で、毎日首を長くして待っています。 移植の適応に関する研究班の報告は来年3月ころになる予定です。  第5回骨髄バンク名古屋シンポジウムも、参加者250人という盛会で、参加していただいた皆様には厚く御礼申し上げます。それとともに、参加できなかった皆様にも、ここにほぼ全容を掲載いたしましたので、その雰囲気でも味わっていただければ幸いに思います。  また10月13日に東京で行われた骨髄バンクシンポジウに参加して感じた事は、アメリカのように骨髄バンクが当たり前の様になっている国でも、発足当初は、今の日本と同じように、骨髄提供者を追いかけ回したり、前面に出て骨髄移植の必要性を訴えている患者が、売名行為と言われたり・・・、ある意味では当り前かもしれませんが、日本も同じ道を歩んで行くのだな・・・なんて思いました。これには告知問題が非常にネックとなってくる事は想像に難くないことです。  今回の名古屋シンポジウムでも、アメリカでは提供者を集めるときに、骨髄移植を必要としている患者や、骨髄移植を実際に受けた患者、骨髄提供を実際にした事のある提供者が前面に出て訴えない事には関心が薄いようです。しかし、少しでも関心を持っていただいた方を、できるだけ多く捕まえていく?ことが、非常に大切な事で、それを国を挙げて行なっている事が、大きく発展した原因の一つだと思っています。  私たちの東海骨髄バンクでも、提供の意志を示していただいた方でも、東海地方まで出向いていただかない事にはHLAの検査が出来ない事が、一番の難点だと思っています。アメリカのように、血液センターの移動採血者でも骨髄登録が出来るようになれば、遠方の方でもその方の意志が充分尊重されるようになると思います。(公的骨髄バンクが出来れば、もうすぐ?なるようになるかも知れませんが・・・)  骨髄バンクの運動は、一種の社会の成熟度を現すものかも知れません。見ず知らずの人のために、何が出来るのか、そのことをどの様にとらえるのか・・・。アメリカでも、骨髄提供のために入院を、有給休暇として正式に認めるよう訴えているとの事です。  自分の事で精いっぱいの方もいるでしょう。その方にまで提供を強制する事は出来ません。しかし、自分で提供しなくても、他の人が提供する事をできるだけ認めることが出来るようにしたいものです。中には、全身麻酔、硬膜外麻酔の危険性を心配する家族の反対にあって、やむなく断念せざるを得ないかたもいらっしゃるでしょう。いまはそれでも結構です。いずれ全身麻酔をかけなくても、少量の骨髄を採取し増殖させる事によって、必要量を確保出来るようになる時代もきます。そのときには是非もう一度お願いします。    編集後記は、毎回のように長たらしくなってしまいます。私の個人的な意見をある程度自由にかける場所という事で、どうしてもこうなってしまいます。  次回の会報発行は来年はじめになるかと思います。それまでには厚生省の報告もだされ、ある程度のイメージが分かると思います。次回の会報を期待していて下さい。