募る会会報 第1号 設立記念シンポジウム抄録集 昭和63年 9月3日発行
発行 名古屋骨髄献血希望者を募る会 代表 大谷貴子
編集 北大路元次郎
第一回骨髄バンク名古屋シンポジウム 昭和63年 9月10日(土)PM 3:00〜5:00
於 名古屋大学病院内 鶴友会館
プログラム
1.開会の挨拶 名古屋大学分院内科教授 山田一正
名古屋大学第一内科教授 斎藤英彦
2.募る会近況報告 名古屋骨髄献血希望者を募る会代表 大谷貴子
3.全国の近況報告 全国骨髄バンクの早期実現を進める会代表 橋本明子
4.骨髄移植とは 名古屋第一赤十字病院内科部長 小寺良尚
5.骨髄ドナーバンクについて 名古屋大学第一内科 森島泰雄
6.提供者を求めている患者より 患者の母 柴田明代
7.提供者となって 患者の母 大谷巻枝
8.提供者アンケート結果 名古屋大学小児科 堀部敬三
9.質疑応答 名古屋骨髄移植グループ
10.今後の展望、閉会の挨拶 名古屋骨髄献血希望者を募る会事務局長 柴田利兼
募る会結成の動機 募る会代表 大谷貴子
私が体調を崩し緊急入院をしたのは、約2年前の昭和61年12月のことでした。発病して3日後には、姉から告知を受け、自分の病気が白血病であることを知ったのです。体調の変化で最初から何らかの血液疾患であると感じていましたので、家族の間で正直に話し合える環境を作ってくれた姉には感謝し、現在の自分があると思っています。 緊急入院して十日後、血液内科のある京都の病院に転院し、本格的に 治療に入りました。約4カ月後、慢性期にはいり、一度目の入院生活 を終えました。自由になった私は、自分の病気について勉強を始め、 白血病や再生不良性貧血の根治治療には骨髄移植という道があること を知り始めたのです。当時アメリカにいた姉を頼り、HLA検査をす るために渡米しました。検査結果は、移植は可能だというものでした。 その結果を信じて喜んでいた私ですが、反面、一緒に入院していたひ とりの同病者(さおりちゃん、当時中学校3年生)は、ひとりっこで 提供者はいないという事実に胸を痛めていました。 なんとかならないものかと考えていましたところ、10月に「全国 骨髄バンク早期実現を進める会」の橋本明子代表と知り合ったのです。 私には、姉という適合者がいるがさおりちゃんにはいない、なんとか して欲しいと訴え、橋本代表の息子さんとともに他人からの提供者を 見つけようと走りだしたのです。そんな折、私も今年3月には移植を 受けるという予定をたて、移植の出来る病院に入院の予約をしに行き ました。そこで、姉とは完全には適合していないという恐るべき事実 をつきつけられたのです。大きなショックを受けた私は、今度は自分 のことで走り出しました。 移植のことや、HLAに関する専門家のところへ何度も足を運び、 なんとか助けてほしいと訴えて回りました。その時です。京都のHL Aの専門家が、「親と適合しているかもしれないから、家族全員をも う一度検査するように。」と指示を与えて下さったのです。後日、本 当にその通りだったことがわかり、自分はなんて幸運なんだろうと思 ったものです。しかし、その検査直後に体調が再び悪化し、あと2〜 3カ月の命と宣告され、移植できるかどうかも解らない状態になりは じめたのです。発病してちょうど一年目のことでした。その悪い状態 の中、折角ドナーが見つかったのだからこれを無駄にしてはいけない、 との主治医の判断で移植のできる名古屋大学病院に転院させてもらい、 今年の1月11日に、希望通り移植を受けることができました。 その後は、今までの状態が嘘のようにどんどん良くなり、4月下旬 に退院し、再びさおりちゃんをはじめ他の患者さん達をなんとかして あげたいと思い始めたのです。体調が回復するのを待って、8月3日 に募る会を発足させることができ、その後1カ月で、国会答弁のなか で藤本厚生大臣が、「名古屋での推移を見守りたい。」と、おっしゃ って下さるまで発展してきたのです。まだまだ第一歩を踏み出したと ころですが、皆様方のますますのご協力の上で、より一層発展してい くことを切に願っております。
全国状況 進める会代表 橋本明子
名古屋骨髄献血希望者を募る会の皆さまとその呼掛けに応えて集ま られた方々に、心から敬意を表します。私達の「全国骨髄バンクの早期実現を進める会」は、昭和62年12月22日に発足いたしました。 当会の前身は、「雅一の命を救う会」です。これは10月18日に私 の訴えに基ずいて結成されたのですが、わずか2カ月で「一人の子供 のためだけにドナー探しするのは不可能」という答えにぶつかって、 全国的な推進運動に切り替えたのです。昭和63年2月4日、東京で 骨髄移植と骨髄バンクについて正しい知識を得るためのシンポジウム を開き、2月15日と5月10日、2回の厚生省交渉を行ないました。 厚生省の答弁は、1、広範な国民の賛同が必要、2、骨髄移植の有効性に 疑問、3、バンクが出来てもドナー希望者がいるかどうか、4、バンクに ついて知識を広める必要がある、というものでした。5、については、 5月16日をもって百万人請願署名を開始しました。6、については、 1月に移植を受けた大谷さんが日に日に元気になられて私達を励まし て下さっています。また、1については、私達は名古屋に於ける皆様 の勇気ある歴史的行為を見て下さいということが出来ます。8月31 日、国会で厚生大臣が、「今後の名古屋を見守っていきたい。」と言 いました。「進める会」も、10月には千葉、京都でシンポジウムを 開きます。皆様と共に頑張りたいと思っています。 骨髄移植とはどの様な治療法か 名古屋第一赤十字病院 小寺良尚 骨髄は骨の中心部にあり、スポンジのような構造をしたものの中に 赤血球、白血球、血小板の母細胞(以後、幹細胞と呼びます)が浮遊 している臓器の一種(例えば、心臓、腎臓など)で、造血臓器と呼ば れます。骨髄が、なんらかの理由(例えば、放射線被曝等)で傷害を 受けますと、赤血球、白血球、血小板が、作られなくなり、貧血、発 熱、出血を主な症状とする、難治血液病となり、生命の危機が訪れま す。そうした患者さんに健康な方(提供者、ドナー)の骨髄液を吸引 採取(2時間ほど全身麻酔にかかっていただき、腰骨などいく箇所か を針で穿刺することにより行ないます)したものを静脈注射しますと、 ドナーの方の健康な幹細胞が患者さんの障害を受けた骨髄に替わって 増殖し難治血液疾患を治癒に導きます。この様な治療法を骨髄移植と 呼び、1970年以降、患者さんとドナーの方との近似度を示す尺度 (HLA型合わせ)に関する知識が深まり、また無菌病室をはじめと する医療設備の進歩に伴い、急速に普及してきました。現在骨髄移植 によって、治癒を望み得る疾患は、再生不良性貧血、白血病、悪性リ ンパ腫等(年間発症例数は、併せて数千例)です。骨髄移植の効果は、 患者さんの年齢や症状により影響を受けますが、良好な条件下で移植 が実施されるとき、それ以外の方法ではなかなか根治が望めなかった 前述の疾患に高い治癒率(70〜80%)が、見込まれます。骨髄を 提供していただいたドナーの方に何らかの後遺症が残ったという報告 は現在の所ありません。
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平成7年10月31日追追記・骨髄提供の為の全身麻酔で今までに 数万件の内、2例(1例イタリア、1例本邦)の死亡事故が報告され ている。本邦での事故は、最終的には神原性のショックという結論であるが、正直なところ、原因不明ということである。(麻酔事故に関 しては別個記事参照・編集者)
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骨髄ドナーバンクについて 名古屋大学第一内科 森島泰雄
骨髄移植が出来るのは原則として、HLAのあった骨髄の提供者 (ドナー)がある場合に限られます。HLAが合っていないと移植を しても、拒絶反応やGVHDという免疫反応が強く起こり移植が成功 しません。HLAとは人の白血球抗原の略語で、それぞれの人がHL A−A,B,D/DRを2個ずつ計6個持っています。HLAが合う 確率は兄弟間では4分の1ですが、他人の間では、500人から1万 人に一人です。このように一個人ではHLAの合う提供者を見いだす ことは到底不可能です。そこで、あらかじめ骨髄を提供してもいいと いう方を登録し、HLA型を調べておくのが骨髄ドナーバンクです。 そして、移植が必要な患者さんがいる時に、HLA型があった人を選 び骨髄の提供をお願いいたします。この時には、あらためて骨髄提供 につき詳しく説明し提供者の同意を得ます。また、健康診断をして提 供者として適している事を確認します。ほとんどの患者さんに提供者 が見つかるためには日本では約2万人規模の骨髄ドナーバンクを作る ことが必要です。このためには、全国統一した公共の機関がバンクを 行なうことが望まれます。アメリカでは、既に2万人の骨髄ドナーバ ンクが国の協力のもと各地の骨髄移植チームと血液センターにより出 来上り、活動を始め良好な成績を修めています。
求めている患者より 柴田明代
私の次女、恵里は、小学校2年生の春に、突然、大量の鼻血を出し、 病院へ連れていったところ、再生不良性貧血と診断されました。現在 小学校5年生ですが、未だ良くならず、むしろ少しずつ悪くなってき た感じです。そして、完治するには骨髄移植しかないのです。が不幸 にも家族内にはHLAの合う者が見つからず、半ばあきらめておりま した。しかし、それでも何とかならないものかと思っていましたとこ ろ、知人を通じて、大谷さんと知合い、この「募る会」を結成するこ とになりました。そして、予想以上の反響と事態の好転に喜んでいま す。恵里を始めとする多くの病気で苦しんでいる人たちが、この骨髄 バンクのより一層の発展によって、一人でも多く救われることを祈っ てやみません。骨髄提供を申し出て下さった多くの方々の善意に対し、 本当に感謝いたしております。希望の灯が見えてきました!!
二度、貴子を産んで 大谷巻枝
母親である私がドナーとして適任であると知らされた時は、驚きと 喜びで一杯でした。その後、娘の病態が悪化し再入院しましたが、治 療のかいあって、移植の見通しがたちました。移植2週間ほど前に、 一通りの健康診断をして、3日前に娘と同じ病棟に入院しました。し かし、何もすることがなく移植前夜まで娘に付き添っていました。全 身麻酔をかけられることの不安はまったくありませんでした。手術に 対する説明は受けていましたので、恐怖心も全くなく落ち着いていま した。手術そのものは、全く覚えていません。気が付いた時には、ま だ手術室の中でした。別に何処が痛いという訳でもなく病室に戻って から、また夕方までうとうと眠り続けていました。その日は、朝から 絶食だったので、麻酔が醒めてからは空腹を覚え、夕食にはしっかり 食べれるくらいに回復していました。私がうとうとしている間に、娘 への移植が無事に終了したと知らされ、ひとまず安心いたしました。 翌日には、もう退院です。麻酔が切れてから、10日間くらいは腰が 少し突っ張ったような気がしましたが、退院後3日目から、自転車に 乗り買物や付添いにバタバタしても何の問題も起こりませんでした。 移植後、娘の骨髄の状態が順調な経過をたどっているという報告を受 けるたびに、喜びを感じ同時に、近代医学の進歩に感謝し、また親が 子を救うという当り前のことが非常に幸運なことであったことに感謝 しながら病気とともに歩んでいきたいと思っています。
提供者アンケートの結果 名古屋大学小児科 堀部敬三
今までに名古屋骨髄移植グループ参加施設で骨髄移植を受けられた 患者さんは200人以上にのぼります。今回、その骨髄提供者となら れた方々に対し、アンケート調査を実施致しました。質問内容は、骨髄採取術をうけられてからの日常生活、体調に変化があったかどうか、 また検診を受けられた結果や、かかられた病気について伺い、さらに 骨髄提供後のご感想、ご意見もお寄せ戴きました。現在までに50名 程の方からアンケートが回収され、まだ集計途中でありますが、今の ところ、提供時及び提供後の重大な体調の変化を来した方はなく、骨髄提供が概ね安全に行なわれたことが示されました。また、およそ8割の方々から、必要ならば将来もう一度骨髄提供をしてもよいという ご返事が得られています。今後、アンケート集計がまとまりましたら、 改めて皆様にご報告致したいと思います。
創刊にあたって 代表 大谷貴子
名古屋骨髄献血希望者を募る会が8月3日に発足して以来、たくさ んのお電話、お手紙を戴き、募る会スタッフ一同たいへん感謝してい ます。発足当初、本当に賛同者が現われるものかと皆とても心配して いましたが、蓋をあけてみれば、初日、2日目と、休む暇もないくら いのお電話を戴き、嬉しい悲鳴を上げていました。それとともに、皆様にはなかなか電話がつながらなかったことと思い、たいへんご迷惑 をおかけしましたことをお詫び申し上げます。いま現在、全国で多く の患者さんが、白血病、再生不良性貧血、その他の造血器疾患で、兄弟とHLA(ヒト白血球抗原)が合わなかったために骨髄移植を受け られず、病気と闘っています。私たちは、その患者さんのためにも、 今後この運動を末永く続けて行きたいと思います。この「募る会」は、 おもにドナーバンク登録者を対象に構成されていますが、もちろん 「いますぐに登録するつもりはないが、今後もう少し自分で勉強して から登録したい。」とか、「登録とまではいかないが、この問題に興 味を持っていて、署名運動や、広報活動に参加したい。」などという 方の参加も大歓迎です。その様な方にも、今のところ不定期ではありますが、このような会報をお送りいたしますので、住所、氏名と、そ の旨を伝えていただければ結構です。また募る会発足して間もないため、通信費等資金面で困っています。ご援助して戴ければ幸いです。 寄付していただいた方には、今後この会報に掲載させて戴くことでお 礼の言葉に代えさせていただきます。また会報等、家族の人に知られ たくない方は、それ以外の連絡方法をお知らせ下さい。出来るだけご 迷惑の掛からないように致します。 ***************************************************************
注意 名古屋骨髄献血希望者を募る会は平成6年10月に「骨髄バン クを支援する 愛知の会」と発展改名 事務所は平成7年6月に 〒460 名古屋市中区正木3-13-8-702 電話052-323-9199 に移転しております。
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この運動は、東京、大阪、京都、神戸など、全国で次第に進められ てきており、将来的には全国をネットワークで結び、全国規模の骨髄 バンクを作っていくつもりです。遠隔地の親戚、知人の方で興味をお 持ちの方は、それぞれの連絡先をお教えいたしますので募る会までご 連絡下さい。また、この会報に載せる記事、手記を募集いたしており ます。どんどん投稿して下さい。
最後に 事務局長 柴田利兼
「募る会」が8月3日に結成され、多くのボランティアの方々の御 尽力をもちまして今日このシンポジウムを開催することが出来ました。 その間、各方面からの多くの献血の申し出、寄付、励ましの言葉を戴 き、募る会スタッフ一同、たいへん感謝致しております。今後もこの 会を発展させ、将来的には全国規模での(腎バンク、アイバンク、イ ヤバンクのような)骨髄バンクを結成すべく、頑張っていきたいと思 っています。
編集後記 編集局長 北大路元次郎
今回のこの会報は、時間的余裕がなかったことと内容の多さに、シンポジウムの抄録集にならざるを得ず、この様な形になってしまいました。今後は、皆様方の御要望に応ずるべく、また質問に回答する様 なかたちで、さらに、全国状況の報告も含めて情報提供の場として行きたいと思っています。
ボランティア募集
今後、この会を様々の方面でお手伝いしていただける方を募集して おります。ご連絡お待ちしています。 (北)